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なぜエベレストを描くのか

  • 執筆者の写真: 関健作
    関健作
  • 1月8日
  • 読了時間: 6分


昨年12月20日、『マインド・エベレスト』という本を出版した。

エベレストに登ると決めてからその頂上に立つまでの四か月、描き続けた絵日記をまとめたものだ。

昨年開催したエベレストの写真展でその絵日記も展示すると、思いのほか多くの人が興味を示してくれた。

あの日の体温や呼吸まで伝わるのは、日記なのかもしれない。そう思い、本にしようと思った。

出版社Type Slowlyさんとの出会いもあって出版を実現することができた。

写真家である僕が、なぜ「描いた」のか。

当時は深く考えもせず、エベレストを目指す日々の中でただ自然に手が動いた。

いま振り返ると、その理由に少しずつ輪郭が見えてきた。



1.描くことは“手ぐせ”だった

幼いころから、右手はいつも何かを探していた。

紙があれば、線が生まれた。

小学校の教科書は落書きで埋まり、夕食後は兄や妹とチラシの裏に絵や漫画を描く。

描かない日はなかったと思う。その原点には、母がいる。

元・美術教師の母も、いつも鉛筆を握っていた。電話しながらメモ帳を真っ黒にする。

そんな背中を見て育った僕も、描かないと落ち着かない人間になった。授業中に注意されても、教科書やノートへの落書きが止められない。多動気味だった僕も、描いていると不思議と心が静まる。描くことは、いつの間にか「自分を整えるクセ」になっていた。



2.山とヒマラヤに惹かれていく

山を教えてくれたのは父だった。

小学一年生で父と兄と登った富士山は、暗くて寒くて、ほとんど地獄。九合目で撤退し、「もう二度と登りたくない」と思った。

それでも父は、翌年も、その次の年も山へ連れて行った。

八ヶ岳、北アルプス、南アルプス、中央アルプス――。

何度も登るうちに気がつくと、山が好きになっていた。

登る間は苦しい。でも一歩ずつ進めば稜線に立てる。「あの向こうには何があるんだろう」。その好奇心が足を押した。稜線に立つ瞬間、さっきまでのあの感情は風に溶けていった。


夏休みの宿題は、いつも山の絵。

高校で陸上競技に打ち込んでも、山への憧れは消えなかった。

頻度は減ったが、訪れて心が動いた山は、必ずスケッチした。

誰に見せるわけでもないのだが。


↑高校生時代、ノートに描いた絵




大学に進み、授業を受けながらも落書きは止まらなかった。興味がある授業のノートは絵と一緒に描いた。絵の方が記憶に残りやすかったし、僕自身が見返した時に分かりやすいというのもあった。大学4年まで陸上競技部に所属していたのだが、毎日欠かさず練習日誌を書いていた。その日に得た感覚を図と一緒に描くことが日課だった。

↑授業中の落書き

↑陸上の練習日誌



エベレストへの憧れが抑えられなくなり、大学の夏休みを使って中国側とネパール側のエベレスト・ベースキャンプを訪れた。その時の感動は今での強く心に残っている。「いつか登りたい」という種が心に落ちた。

ヒマラヤへの興味が強くなり、どうにかしてネパールやインド、ブータンなどのヒマラヤの国に住みたいと思った。調べると青年海外協力隊という仕事がある。願書には第一希望も第二希望も「ブータン」と熱い気持ちを願書に綴った。赴任したブータンでは毎週山へ足を運んだ。もちろん山も美しかったけど、その時に強く印象に残ったのはブータンで暮らす人々だった。彼らとの交流で印象に残ったことを絵と言葉にした。



体育教師として3年間ブータンで過ごしたが、授業でも絵を使ってルールを説明したし、賞状を作る時も手書きで絵を描いていた。現地の体育教師に伝える資料も絵にしてみた。絵を描くことは僕にとってなんら負担にはならなかったし、言葉が違う環境では絵の方が直感的に伝えることができると思った。


3.写真と描くこと

絵を描くことも好きだが、写真を撮影することも大好きだった僕は、ブータンから日本に帰国した後に写真家という道を選んだ。ヒマラヤと日本を行き来しながら生きていける――そんな淡い期待もあった。

写真家として改めてブータンを訪れ、僕はブータンに暮らすヒップホップッパーの若者たちを取材した。彼らの生活を追いかけ、写真を撮影しながら同時に彼らにノートを渡して彼らの内面を自由に表現してもらった。彼らが描く姿を見ているのが、たまらなく面白かった。

出来上がってきた絵も魅力的だったし、これを使えば彼らのことをもっと伝えられるんじゃないかと考え、僕が撮影した写真と彼らの落書きを織り交ぜて写真集と写真展を構成した。その展示が想像以上に評価され、その作品は京都国際写真祭 FUJIFILM AWARD を受賞することができた。このとき、絵と写真が交わる可能性を、強く感じた。


2023年にはNPO法人国境なき子どもたちからの依頼でフィリピンの路上で暮らす子どもたちを取材することになった。フィリピンで出会った路上の子どもたちを撮影するだけでなく、彼らに絵のワークショップを開いた。最小限だけ説明して、あとは見守る。彼らはためらいなく絵の具を絞り、薄めもせず、筆を洗いもしない。色がぶつかり合い、パレットは一瞬で世界そのものになる。

「大事に使って」「次まできちんととっておこうね」――そんな言葉をかける大人は、周りにいなかったのだろう。

彼らには“ストック”する場所がない。この瞬間を生きている。混ざり合った色は、僕の知らない現実だった。彼らの描く姿にただただ圧倒された。むき出しの自分が今という現場にただただいるということ。違和感とも恐怖ともいえない、そんな底知れない何かが湧き上がってきていた。

絵の具がごちゃごちゃに混ざりあい、全部の色が全部と重なり出し切られた刹那の色合い。フィリピンの路上の子どもたちが使ったパレットは彼らそのものだった。そして、僕はここでもやはり絵や色の可能性を感じていた。








4.マインド・エベレスト

2024年、エベレストに登ると決めた瞬間から、心は激しく揺れ始めた。恐怖、興奮、不安。眠れず、悪夢で目を覚ます夜。どうにかしないと心が壊れてしまうのではないかと思い、僕はペンを握った。日々の仕事、準備、トレーニングに追われていたので、下書きなどはしない。水性ペンでそのまま描く。言葉と絵にすることで、呼吸が整った。描けば、いまの自分を少し離れて見つめられる。エベレスト登頂まで色々な壁があったが、描くことが僕を何度も助けてくれた。

登頂した後もときどき憧れの山を描きたくなる。次に目指す登る山が決まったら、きっとまた手が勝手に動くだろう。


なぜ山を描くのか。

僕にとって描くとは、

心を整え、前へ進むための、静かな“手ぐせ”なのだ。

この癖がまた新しい世界の扉を開いてくれるはずだ。





「マインド・エベレスト」出版記念イベントを開催します。

ぜひ気軽に遊びにきてください。


2026年1月18日(日)

@桜ヶ丘 冒険研究所書店 

※オンライン配信とアーカイブ視聴も可能。全国どこからでも参加できます。


1月24日(土)

@長野 書店「栞日」

エベレストの日々を綴る



1月25日(日)

@千葉県 山武郡

防災×音楽×サイクルフェス2026

※エベレストの講演会をさせていただきます。会場で書籍を販売します。



2月7日(土)

@秦野 手打そば「くりはら」

エベレストと絵日記

#マインドエベレスト

#絵日記

 
 
 

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