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情報に翻弄されたIHAKORA PEAK(オカラ・ピーク)

9月11日
読了時間: 3分

無事に下山し、ネットが使える場所まで戻ってきました。

身体は疲労困憊ですが、僕は元気です。

結論からお伝えすると、今回目標にしていたIHAKORA PEAK(現地での発音に従い、以下『オカラ・ピーク』)への登頂は叶わなかった。

一言で振り返るなら、不確定な情報に徹底的に翻弄された旅だった。

そもそも、このピークを認知している人が現地でも非常に少なかった。

今回お世話になったエイジェントの社長、アリさんにはオカラ・ピークには登頂可能だと事前に話を伺っていた。

何度も写真やgoogle mapの情報を擦り合わせていた。

しかし実際のところ今回のクライミングガイドであるイブラヒムは僕が登ろうとしているピークはオカラではないと話した。

色々な人に聞けば聞くほど情報にずれがあり混乱してしまったので、

「現地で確認しながら登るしかない」と腹をくくった。

登山の起点であるスカルドゥから車で7時間、さらにアスコル村から8日間歩いて標高約5,000mのベースキャンプとなる「アリキャンプ」に到着。しかし、大雪に見舞われたアリキャンプで、状況は一変。アリキャンプに滞在していた経験豊富なレスキューチームのリーダーに目的のオカラピークの写真を見せると、予想外の情報が出てきた。

「このピークに登った奴は誰も知らない、未踏峰だ。今の時期は雪が剥げて落石がひどく、極めて危険。最低でも7日間の行程と重装備が必要だ」事前情報とのあまりの乖離に、僕もガイドのイブラヒムも激しく動揺してしまった。

この情報も定かではないが、だいぶ心が折れてしまったことはたしかだ。

かなり危険なので行くべきではないと念押しされた。

ここ3年このオカラピークに登った人はいない、今年トライするのも僕が初めてだという。

もちろんルートは開拓されていないし、固定ロープもない。手探りで登るしかない。

さらに追い打ちをかけるように、悪天候によるレスキュー隊の撤収が決まり、僕たちに残されたチャンスは「1日だけ」という状態に追い込まれてしまった。

アタック当日。視界を遮る霧と雪の中、6:15にキャンプを出発。足元は新雪に隠れた無数の浮石。一歩踏み出すたびに崩れ、何度も転倒する神経戦の連続だった。そんななか、決定的な違和感が生じる。僕が目指すオカラ・ピークと、イブラヒムが目指すルートの方向が明らかに違う。悪天候と危険なルートのなかで葛藤した末、「まずは行けるところまで」とイブラヒムの信じるルートを進み、なんとか標高5,600mほどのピークに立った。

「おめでとう」と手を差し伸べるイブラヒム。しかし、僕の心に納得感はなかった。

僕がgoogle mapで何度も見つめ続けた本命のピークは、ここからさらに奥にある・・・。

時刻は11:30。天気は悪化の一途をたどり、ここから先は誰も歩いたことのないとされる未知の領域。

強行すればイブラヒムをも危険に晒す。仮に登れても、このホワイトアウトでは目的であるK2の撮影は不可能。

ここまでか・・・

僕は撤退を決めた。事前リサーチ、情報収集、パキスタンへの適応力、そして登攀スキル。すべてにおいて自分の「実力不足」を突きつけられた下山路だった。

目的のピークには届かず、K2の姿も拝めなかった。まさに霧の中を手探りで進むような遠征だった。

しかし、失敗に終わったからこそ、カラコルムの圧倒的な自然を前に「この世界はまだ未知と美しさに溢れている」ことを実感できた。

自分の現在地を知ることができた。だからこそ、またいつか、この地に帰ってきたい。


 
 
 

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