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  • 関健作

写真家・野村哲也さんとの出会い。


写真:ラマユルからザンスカールに続く道・Ladakh2009

NikonD80

Sigma 18-55mm F2.8

岐阜羽島で作家の山元加津子さんの集いに参加した。

ペルー天野博物館の阪根博さん、写真家の野村哲也さん、むつう整体の春木重幸さん、

指談の牧野順子さん、そして山元加津子さんと共に講演をさせていただいた。

今まで聞いたことのない話ばかりでたくさんの気づきをいただいた。

その中で、最も刺激が強かった存在が同じ写真家の野村哲也さんだ。

写真家として大先輩。こちらが彼のサイト↓

http://www.glacierblue.org/home.shtml

“地球の息吹き”をテーマに、アラスカ、アンデス、南極などの辺境地に被写体を求める。

今までの渡航先は100カ国以上。

2007年より、南米のチリに移り住み、四季を通してパタゴニアの自然を撮影。

2011年より南アフリカ、ステレンボッシュに移住。

2013年よりイースター島に移住。

とんでもない経歴だ・・・。

彼の撮影のスタイルはぶっとんでいた。

ここだ!と決めた場所に2年間住み込んでじっくりとその地を撮影するというスタイルだ。

「写真は腕じゃない。そこにいたかどうかが勝負。だからおれは現地に住んでとにかく撮りまくる!」

という考えを実行し続けている。

「基本的におれは自分が撮りたい写真しか撮らない!撮りたくない写真を撮ると腕がさびる。」

まさに僕の理想の写真スタイルで生活をしている方だった。

自分の好きな写真で生活する、それを支えているものが彼のずばぬけた企画力、営業力、そして情熱(意思の強さ)だ。

「これからの写真業界は更に厳しくなる。3年後、多くの写真家が食えなくて消えていくだろう。

生き残れる写真家は、世界中でその人にしか撮影できない写真、その人にし書けない文章、

その人にしかできない面白い企画ができる人だけだ。」

「その他の写真家がどうなろうなんてどうだっていい、おれはおれの撮りたい写真を撮る!

ただそれだけ!やりたいことできないで終わる人生なんて嫌だ。

何が何でも好きな場所に行って、好きな写真だけ撮って生きていくんだ!」

彼から揺るぎない熱い情熱が伝わってきた。

同じ写真家として、考えたかも、覚悟も、ビジョンも、すべてにおいて上の上の上を行っている・・・。

彼の言葉を聞くたびに、びりびりとした圧力を感じた。

・・・・・

この張りつめた感覚、昔も経験したことがあった。

それは高校3年生の夏。陸上競技の全国大会、インターハイの決勝だった。

高校のチャンピオンを決める最後のレースに僕は駒を進めることができた。

決勝のレース前、僕以外の選手の表情と目つきを見ると、

何をしてでも勝つんだ、という気迫がビリビリと伝わってきた。殺気さえ感じた。

そこにいた僕以外の選手は本気で勝とうとしていた。

それを見て僕は気持ちが冷めていくのが分かった。正直、決勝で勝てるなんて思っていなかった。

走る前からもう勝負はついていたのだ。

案の定、決勝のレースはぼろぼろだった。

決勝のレースを走り終わった後得たものは、

勝つ人というのは、心底勝ちを望み、他人のことなんて気にせず、自分の走りができる人。

自分がどうしたいのか!っていう気持ちが何よりも大事なんだ。ってこと。

・・・・・

写真家の野村さんが発する緊張感はあの時の彼らと同じだった。

野村さんは自分の想いに正直に生きている人だった。

「で?君はどうしたいの?もしもブータンで第一人者になりたいのなら、

なんでブータンに住んで撮影しないの?

家族がいる?説得すればいいじゃん。子ども?君のところに生まれてきたんだから文句なんて言わないよ。結局それまでなの?」

彼は僕の覚悟を試しているようだった。

おまえどうしたいんだ?って。

腹の中でふつふつと何かがわき上がっていた。

自分がどうしたいかなんだ。

そのためにどうすればいいか必死に考えるんだ。

それをやったもの勝ちなんだ。

野村さんがけちょんけちょんに論破してくれたおかげで目がさめた。

もう負けるのは嫌だ。自分に正直にいこう。

とにかく前に進むしかない。

#ラダック #写真家

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